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レオナルドとルオー [趣味]

今日は天気も良く、春休み最後の自由になる時間を二つの美術館で過ごしてきました。

先ずは渋谷にあるBunkamuraのザ・ミュージアムで3/31から公開されている「レオナルド・ダ・ヴィンチ美の理想」展です。
東京に来る前は福岡でも開催されていて、宣教研修で大分にいる時に、観に行きたかったのですが機会を逸していましたので、ようやく観ることが出来ました。

私の中でのお目当ては二つ。一つは下にある「ほつれ髪の女」で、もう一つは「岩窟の聖母」です。



「ほつれ髪の女」は素描風の小さい画で1506~08年頃の作だと思われます。レオナルドは1519年に没しますので晩年の無駄を削いだ円熟した美を描いています。
1506~08年といいますと、丁度ルターが落雷事件にあってエルフルトの修道院に入った頃ですねえ。レオナルドとルターは何の関係もないですが、同時代に生きていたのだなあと思うと感慨深いものがありますね。

もう一つの「岩窟の聖母」は現在三枚残されており、パリのルーブル(原形と考えられている)、ロンドンのナショナルギャラリーの二枚が有名です。今回展示されたものは何世紀もフランスの個人コレクションで眠っていたものだということです。私もナショナルギャラリーのものは観たことがあったので、興味深く観ることが出来ました。

その他にレオナルドのモナリザの模写が数多く展示されていましたが、やはり本物とは全然違うなあと感じました。あの微妙な微笑みやタッチやぼかし方など。。。名画と言われる所以ですね。




Bunkamuraのイタリアンのお店が半券提示で割り引きしていたので、パスタランチ(野菜とベーコンのペペロンチーノ+サラダ取り放題+コーヒー+デザートで¥1,000!)で昼休み。


ここで元気を取り戻し、銀座線で京橋へ。何度も通ったブリジストン美術館です。
ここには私の大好きなルオーの「郊外のキリスト」と「ピエロ」が常設されています。絵画の中で私の一番好きな画が、この「郊外のキリスト」です。



この画を知ったのは確か1986年頃だったと思いますが、一目で惹き込まれました。今でもブリジストン美術館に行けば、この画が待っていてくれると思うと、数ある美術館の中でもブリジストンだけは私にとって特別な意味を持っています。

ところで、今日わざわざハシゴしてまで「郊外のキリスト」を観に来たのは、最近読んだ本で香川紘子さんの詩を知ったからです。以下のようなものです。


「 郊外のキリスト  ルオーに 」

  血の気の失せた月が
  黒雲にのまれようとする
  人気のない郊外の泥濘の道を
  いま 墓から甦ったばかりの主が
  幼い男の子と
  女の子を従えて
  黙々と歩み給う
  戦争のたびごとに
  大人たちが
  爆風で横木の吹っ飛んだ十字架に
  主を磔にしようとも
  寄る辺ないみなし子たちが存在するかぎり
  墓穴の重い石をころがして
  何度でも
  主は甦り給う



香川紘子さんは、生後まもなく脳性麻痺と診断され、その上、十歳の時に、広島で被爆しました。車椅子の詩人とも呼ばれる方でキリスト者です。

受難週が始まっていますが、改めてこの画と共に今週は黙想しながら過ごしたいと思います。


3月に読んだ本 [読書]

昨日に続き今日も東京は良い天気です。

3月は春休みということもあり50冊位を目標にしていたのですが、30冊に届かない結果に終わりました。(^_^; やはり英書などを読み始めるとガクンとペースが落ちてしまいますねえ。情けないことです。


3月の読書メーター
読んだ本の数:27冊
読んだページ数:6716ページ
ナイス数:15ナイス



歓びのうた、祈りのこころ歓びのうた、祈りのこころ
日本語と英語共に掲載されているのが良いですね。初めて知った詩もありました。
読了日:03月31日 著者:

明日へのかけ橋―シスター山路のお話から考えたこと明日へのかけ橋―シスター山路のお話から考えたこと
素敵なエピソードを通して、なかなか考えさせられる内容でした。
読了日:03月31日 著者:小澤 優子

「生きる意味」を求めて (フランクル・コレクション)「生きる意味」を求めて (フランクル・コレクション)
フランクルの著作としては、『夜と霧』『それでも人生にイエスと言う』に続き三冊目。期待通りの素晴らしい内容。心に残ったのは訳者が後書きで書いているフランクルの言葉。「現代人がストレスフルなのは、あまりにも緊張すべき場面が多いからではありません。……。目指すべき『理想』もなければ『目標』もない。なしとげなければならない『使命』もない。こうして良い意味での緊張感(実存的緊張)を欠いているからこそ、現代人はストレスフルなのだ」というものです。目から鱗的発見でした。
読了日:03月30日 著者:ヴィクトール・E. フランクル

ある朝の散歩―祈りの甦るまである朝の散歩―祈りの甦るまで
読了日:03月29日 著者:宇田 達夫

信徒の召命と使命〈ペトロ文庫〉信徒の召命と使命〈ペトロ文庫〉
読了日:03月22日 著者:教皇ヨハネ・パウロ二世

信徒の神学 (1960年)信徒の神学 (1960年)
読了日:03月22日 著者:クレーマー

超訳 ニーチェの言葉超訳 ニーチェの言葉
本当にニーチェの言葉?と思うようなフレーズがくだけた表現で紹介されている。『超訳』たる所以?。現代版箴言といったところか。面白い。
読了日:03月22日 著者:

信徒と教職 初代教会の視点から信徒と教職 初代教会の視点から
読了日:03月21日 著者:H.R.ウェーバー

使命に生きる教会の建設 (1983年) (教会と宣教双書〈11〉)使命に生きる教会の建設 (1983年) (教会と宣教双書〈11〉)
読了日:03月21日 著者:森野 善右衛門

神を信じて何になるのか神を信じて何になるのか
読了日:03月20日 著者:フィリップ・ヤンシー

中島みゆきの世界中島みゆきの世界
著者が「自らの生死を賭して書いてきた」と言うだけに、その真剣さは他の類書とは一線を画している。生半可なファンには、この本を理解出来ないであろう。私は大いに感じるところ有り。久しぶりに聴き直したくなった次第。
読了日:03月18日 著者:高本 茂

わが子の「やる気スイッチ」はいつ入る?―やきもきしているお父さんお母さんへ (Como子育てBOOKS)わが子の「やる気スイッチ」はいつ入る?―やきもきしているお父さんお母さんへ (Como子育てBOOKS)
結構まじめな内容で、子育て以外にも「やる気スイッチ」に必要なヒントが示唆されていた。
読了日:03月16日 著者:菅野 純

原発とキリスト教: 私たちはこう考える (新教コイノーニア)原発とキリスト教: 私たちはこう考える (新教コイノーニア)
読了日:03月15日 著者:新谷 英敏,栗林 輝夫,高木 仁三郎,宮田 光雄

礼拝探訪―神の民のわざ礼拝探訪―神の民のわざ
4月から他教派研修が始まるが、この本を読んで期待感が高まった。各教派の礼拝様式の違いと同時に共通しているものが浮き彫りになってくる。礼拝の持つ多様性の重要性に気付かされた一冊。
読了日:03月14日 著者:越川 弘英

ことばが生まれるときことばが生まれるとき
ダウン症児として生まれた著者が、両親や良き先生達に愛されて育ち、詩作という「ことば」を得る感動的な経験が、爽やかに述べられている。
読了日:03月14日 著者:岩元 綾

「断片」の神学―実践神学の諸問題「断片」の神学―実践神学の諸問題
実践神学に関して、私自身が漠然と思い描いていたことをズバリ語ってくれている。今月、著者である関田先生にお会い出来るのが楽しみ。
読了日:03月13日 著者:関田 寛雄

うつを越えてうつを越えて
神や宗教を持ち出さずに、しかし希望の根源である絶対者への信頼から来る慰めと励ましが、優しく、的確に語られている。
読了日:03月12日 著者:ジャン・バニエ

魂のカルテ―クリスチャンドクターが診断した現代人の心の記録魂のカルテ―クリスチャンドクターが診断した現代人の心の記録
読了日:03月11日 著者:工藤 信夫

毎日5分の朗読トレで身につく! 伝わる声の出し方・話し方〈CD付〉毎日5分の朗読トレで身につく! 伝わる声の出し方・話し方〈CD付〉
図書館から借りて読んだが、CDがなくて残念。内容は至極基本的なこと。
読了日:03月10日 著者:飯島 晶子

孤独であるためのレッスン (NHKブックス)孤独であるためのレッスン (NHKブックス)
興味深い内容で一気に読了。著者は宗教的な線とは一線を画しているが、突きつける所「人間を超えた何か」というものが必要であることを示唆している。キルケゴールとの関連も想像通りで興味深く読めた。
読了日:03月10日 著者:諸富 祥彦

永遠の泉―いま、泣いているあなたは幸いです永遠の泉―いま、泣いているあなたは幸いです
霊性に満ちた言葉にあふれた好著!
読了日:03月09日 著者:ジャン・バニエ

すばらしい悲しみ―グリーフが癒される10の段階すばらしい悲しみ―グリーフが癒される10の段階
読了日:03月08日 著者:グレンジャー E.ウェストバーグ

谷川俊太郎詩集谷川俊太郎詩集
読了日:03月06日 著者:谷川 俊太郎

よりよい人間関係をめざしてよりよい人間関係をめざして
導入に用いられている話が印象的。またボンヘッファーの『共に生きる生活』からの引用などが効果的に用いられており、読みやすさと内容の深さを兼ね備えた一冊。。
読了日:03月05日 著者:工藤 信夫

病院チャプレンによるスピリチュアルケア―宗教専門職の語りから学ぶ臨床実践病院チャプレンによるスピリチュアルケア―宗教専門職の語りから学ぶ臨床実践
単なる理論書でなく、タイプの異なる様々なチャプレンを取材して、その働きとしてのスピリチャルケアを浮かび上がらせている。現場の知恵として多くの示唆を与えられた一冊。
読了日:03月04日 著者:柴田 実,深谷 美枝

祝福を告げる言葉―R.ボーレン説教集 (1979年) (現代世界説教選)祝福を告げる言葉―R.ボーレン説教集 (1979年) (現代世界説教選)
あの古典的名著『説教学』の著者による説教集。詩篇とマタイの山上の説教による珠玉の説教。説教とは、書名にある『祝福を告げる言葉』であることが確かに示されている。
読了日:03月03日 著者:R.ボーレン

ラルシュのこころ―小さい者とともに、神に生かされる日々ラルシュのこころ―小さい者とともに、神に生かされる日々
書名通り『ラルシュのこころ』が溢れている。何気ない言葉遣いに、その精神が表されている。
読了日:03月02日 著者:ジャン・バニエ



2012年3月の読書メーターまとめ詳細

読書メーター

枝の行進 [他教派研修]

いよいよ今日から4月です。昨日は一日強風と雨でしたが、今日は穏やかな日となりました。
読んで下さっている皆様に励まされ、ぼちぼちと続けてきたブログですが、この投稿で200件目となりました。ありがとうございます。<m(__)m>

さて、私の所属している日本ルーテル神学校では、4年次前期の教会実習は他教派研修を行っています。

ルーテル教会以外のキリスト教会を訪問し、各教派の礼拝の伝統や特徴を学びます。どこを訪問したいかは自分で決められるので、授業開始前ですが聖週間というまたとない好機ですので、今日はカトリック神田教会にミサに与ってきました。(^_^)

  

左の写真は、聖堂の正面入り口側から写したものです。聖堂の中は撮影禁止でしたので、教会のホームページから様子をご覧下さい。http://www.catholickandachurch.org/

今日は、主イエスがエルサレムに入城されたことを覚える「枝(棕櫚)の主日」です。

カトリックや聖公会では「枝の行進」を礼拝開始時に行うと聞いていたので、わくわくしながら時間を待ちました。右の写真は、頂いた棕櫚の葉です(実際にはソテツの葉)。礼拝前に聖堂の入り口近くにある前室(集会室)に集まり、祈りと福音書の朗読(マルコ11:1~10)が行われた後、司祭が聖水を棕櫚の葉を手にした皆に振りかけて聖別して下さいました。そして蝋燭、十字架、司祭の後に続いて皆で行列をくんでホサナの讃美をしながらの入堂です。

その後は、一般的なミサの順序で行われましたが、多分ちょっと普段と違うのは、福音書の朗読で読まれた受難の場面(マルコ15:1~39)を、信徒二名と司祭の三名+会衆で、受難曲のような感じで読まれたことです。また、主イエスが十字架で息を引き取られた後に、しばしの沈黙の間が置かれていることも大変素晴らしいと感じました。さすがに洗練されているなあと感じ入った次第です。

枝の行進などもあったためでしょうが、カトリック教会が全国共通で印刷し毎週配布している式文「聖書と典礼」は通常8頁ですが、今日は倍の16頁もありました。田中主任司祭が説教の冒頭で触れていた式文の表紙にあるイコンも興味深いものでした。これは下記のHPで解説付きで見れますので興味のある方は是非ご覧下さい。こういうサポートも嬉しいですよね。
http://www.oriens.or.jp/st/st120401.html

もう一点、特に気付いたのは、典礼色に赤を用いていたということです。帰って来てから調べてみましたら、カトリックと聖公会では「赤は血と聖霊」を意味しているとのことで、そのため受難週は赤となっているのでした。ルーテルでは赤に血の意味合いが含まれていないので、四旬節は受難週も含めて紫となっています。これは良い勉強になりました。

聖体拝領では「カトリックの洗礼をお受けになった方のみ」と釘を刺されましたので、司祭から祝福を頂き、み言葉の紙を頂きました。こういう配慮も中々素晴らしいなあと感じた次第です。

ちなみに頂いた聖句はコリントの信徒への手紙Ⅱ 1章4節でした。 
   「 神は、あらゆる苦難に際してわたしたちを慰めてくださるので、
     わたしたちも神からいただくこの慰めによって、
     あらゆる苦難の中にある人々を慰めることができます。 」

良き礼拝に参加出来たことに感謝!


イースターの色つきヒヨコ [雑記]

四旬節もいよいよ大詰め。明日は棕櫚の主日で受難週を迎えます。
気が早くも、一足先にイースター用の色つきヒヨコが売り出されているというニュースです。
色つき(ラッピング)卵は良く知られていますが、色つきヒヨコとは初めて聞きました。
でも可愛いですね。

神学生交流プログラムに参加して [神学校]

今週の3/27(火)~29(木)にかけて、第3回目となる神学生交流プログラムに参加してきました。

この企画は日本クリスチャン・アカデミー 関東活動センターの主催で行われ、会場はイエズス会日本殉教者修道院 鎌倉黙想の家です。

クリスチャン・アカデミーの理念の中には、話し合いによる相互理解と協力というものがあります。各教派に分かれているキリスト教会においても、互いの特色を知り合うことで、同じ主に仕える者としてのよりよき働きが出来るのではないか。そのために、これから牧会の現場に出て行こうとしている神学生達が全国から一同に会する貴重なプログラムであります。

私は昨年も参加申し込みをしていたのですが、昨年は、311に発生した東日本大震災の直後であったため、急遽取りやめとなった経緯がありました。ということで、一年越しのプログラム参加ということで、期待に胸を膨らませての参加でした。

今回の参加校は9校、日本カトリック神学院、聖公会神学院、日本ルーテル神学校、農村伝道神学校、日本キリスト教会神学校、日本聖書神学校、同志社、関西学院、西南学院といった顔ぶれでした。お互いの学校紹介を含んだ自己紹介をしたりして、三日間のプログラムを通して、教派は違えど、志を同じくする者達の熱い思いを共有することが出来ました(^_^)。


今回の学びのテーマは『説教』ということで、当初、説教塾を主催されている加藤常昭先生が講師となって下さるはずでしたが、前日になって急遽ご夫人の様態が悪化し、先生ご自身の体調も優れないことから、チャプレンとして参加予定だった関田寛雄先生が代わりに講師をして下さいました。

今回は、加藤先生から説教演習の指導を頂けるということで期待していただけに残念でした。加藤先生の説教には先生の説教集が刊行された当初から養われてきましたし、信徒だった頃から説教学に関する著作を通して、もう二十数年私淑してきました。先生ご夫妻のご健康が早く回復されるようにお祈りしたいと思います。


関田寛雄先生は長年、青山学院で教鞭をとられながら川崎で開拓伝道をしてこられた方で、関田先生の書物にも養われてきました。特に『「断片」の神学』には、私自身感動を覚えて読ませて頂きましたので、今回お会い出来るのを心待ちにしておりました。また本に署名も頂くことが出来ました!



一日目のメインは、関田先生から「説教とわたし -個人史的回顧-」と題した基調講演を頂きました。司会進行は、私が買って出てさせて頂きましたが、先生の歩みとそこから生まれた神学的確信というものを熱く語って下さりました。

二日目のメインは三人の説教者の説教を聞いての説教演習。私もトップバッターとして、皆さんから厳しくも暖かいコメントを頂き、大変勉強になりました。
そして夕方はフィールドトリップということで、黙想の家を出て、日本キリスト教団鎌倉雪ノ下教会カトリック鎌倉雪ノ下教会の見学に出かけました。教団雪の下は長年、加藤先生が牧会された教会で、是非一度機会があったら訪れたいと思っていた教会でしたのでラッキーでした。両教会は歩いて数分の距離にあり、加藤先生が牧会されていた時代に改築工事がなされた時、カトリックの聖堂をお借りして礼拝を守られたということを説教集で読んでいたので、感慨深いものがありました。

   

上の写真は教団雪の下教会の礼拝堂の様子です。左の写真は二階席から写したもので聖卓、洗礼盤、説教壇です。右の写真は聖卓側から写したもので、会衆席の一部と、二階にあるパイプオルガンです。会衆席は聖壇を囲むように三方に椅子が置かれています。礼拝出席者は300~350名とのことで、週報BOXは450名分くらいあるとのことでした。

この会堂を設計された稲富昭さんは、私が宣教研修でお世話になった別府平和園やルーテル大分教会の設計者でもあります。ですから和風の障子や椅子等、共通したコンセプトが用いられており、懐かしい思いで拝見しました。

加藤先生のご指導を頂けなかったのは本当に残念でしたが、三日間、関田先生を中心に寝食を共にして色々とご指導を頂くことが出来たのは望外の幸いでした(^O^)v。

クリスチャン・アカデミーの働きに感謝すると共に、関田先生をはじめとする諸先生方、準備から当日のお世話までお一人でご奉仕下さったスタッフの真下さんに感謝!

既に密かに、カトリック、聖公会、ルーテルでオフ会をしようとの動きもあり、今回出会ったお一人お一人とも今後機会を作って連絡をとりあっていければと思っています。


「ソンブレロ」姿のローマ教皇 [雑記]

84才になるローマ教皇が、今週メキシコやキューバを訪問しましたが、上の写真はなんとソンブレロをかぶったベネディクト16世です。このサービス精神はすごいですねえ!
私も仕事でメキシコに行ったことがありますが、カトリック教徒の多いメキシコにおいて、今回の教皇訪問は大きな影響を与えたのではないのでしょうか。良くも悪くも霊的指導力と感化力がありますねえ。

三月いろいろ [雑記]

ここのところ東京は急に暖かな日が続いていますが、今日は風が強いですね。
いやはや、ブログの方が全く今月はおろそかになってしまいました。
メチャクチャ忙しかった訳では無いのですが、なんやかんやあって、ついサボってしまいました。どれもブログに紹介したかった内容ばかりでしたが書きそびれてしまいました(^_^;

ざっくりと紹介いたしますと下記の通りです。

3/1 神学校卒業聖餐礼拝&祝会
3/2 世界祈祷日(於:東京教会)
3/4 按手式(於:東京教会)
3/5 宣教研修面接(於:市ヶ谷)
3/7 聖週間打ち合わせ(於:神学校寮)
3/11 八王子教会
    311合同祈祷集会(於:四谷聖イグナチオ)
3/12 宣教Visionセンター例会(於:小石川)
3/15 エキュメニズム研究会(於:早稲田)
3/18 本郷教会
3/20 東教区総会(於:東京教会)
3/23 娘の小学校卒業式
    卒論打ち合わせ
3/25 武蔵野教会
3/26 ボイス・トレーニング
3/27~29 神学生交流プログラム(於:カトリック鎌倉黙想の家)

この間の隙間をぬって本を二十数冊読みました。これはまた月が変わったらまとめてご紹介致します。


2月に読んだ本 [読書]

いよいよ3月に入りました。

昨日は東京でも大雪?が降って、交通麻痺が多発しました。
私は特に外出する用件もなかったため、家でゆっくりと雪見しながら過ごすことが出来ました。
それでも午後には妻と二人で、久しぶりの雪かきをするほど積もりました。昨日は子ども達が皆、公園で雪遊びなどをしていたため、愛犬家たちが公園に入れなかったそうです。犬も子どもも、雪の中を思いっきり駆け回りたいですよね(^_^)。

さて、以下は先月に読んだ本です。先月は谷川俊太郎さんの詩集と竹内敏晴さんの「ことば」に関する本を集中して読んだ気がします。共に「ことば」の達人ですね。


2月の読書メーター
読んだ本の数:19冊
読んだページ数:3743ページ
ナイス数:25ナイス



いしっころ―谷川俊太郎詩集 (美しい日本の詩歌)いしっころ―谷川俊太郎詩集 (美しい日本の詩歌)
音読すると、ことばのおもしろさが際立ってくる。書き言葉が主流になっている現代だけに、元来ことばとは声を媒介にしていたということを忘れがちではなかろうか。
読了日:02月28日 著者:谷川 俊太郎,中山 智介

待ち望むということ待ち望むということ
いいです、これは。
読了日:02月27日 著者:ヘンリ・ナウエン

死に方上手―いのちの対話 (岩波ブックレット)死に方上手―いのちの対話 (岩波ブックレット)
対談なので系統立った話と言うよりは、ゲストの個人的経験に基づいた話がぽんぽん出て来る。逆にそこが下手な「議論」よりも説得力があり頷かせられる理由であろう。
読了日:02月27日 著者:鎌田 實,嵐山 光三郎,加藤 登紀子,村上 信夫,山折 哲雄

聖書を読んだサムライたち もうひとつの幕末維新史聖書を読んだサムライたち もうひとつの幕末維新史
明治初期の著名なキリスト者の意外な側面を知ることが出来た好著。薄いのですぐ読める。
読了日:02月25日 著者:守部喜雅

きみはなまいきなかみさまだ―谷川俊太郎と子どもたち (子どもの詩の絵本)きみはなまいきなかみさまだ―谷川俊太郎と子どもたち (子どもの詩の絵本)
小学生が画いた絵を見て、他の小学生が詩をつけたもの。なかなかおもしろい。さすがは谷川俊太郎
読了日:02月25日 著者:谷川 俊太郎,東京都図画工作研究会

いのり―聖なる場所いのり―聖なる場所
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、仏教、ヒンズー教などの有名な寺院が、すてきなイラストと共に紹介されている。写真でなくイラストなのが良い。宗教は異なれど「聖なる場所」に対する畏敬の念があふれている。
読了日:02月25日 著者:フィリモン スタージス

静まりから生まれるもの ー信仰生活についての三つの霊想ー静まりから生まれるもの ー信仰生活についての三つの霊想ー
ナウエンらしい、心に沁みいるような黙想三篇。
読了日:02月23日 著者:ヘンリ・ナウエン

まど・みちお全詩集まど・みちお全詩集
ひとつひとつが、「まど・みちお」の世界ですね。今回は『アリ』を探すために読みました。
読了日:02月23日 著者:まど みちお

うさぎの心理がわかる本うさぎの心理がわかる本
うちのウサギの気持ちが少し分かるようになりました。
読了日:02月23日 著者:大野 瑞絵,鈴木 理恵

「からだ」と「ことば」のレッスン (講談社現代新書)「からだ」と「ことば」のレッスン (講談社現代新書)
竹内氏の著作を続けて読んで三冊目。具体的なレッスン風景が満載。
読了日:02月23日 著者:竹内 敏晴

ことばが劈(ひら)かれるとき (ちくま文庫)ことばが劈(ひら)かれるとき (ちくま文庫)
何より書名が素晴らしい。内容については、先に『声が生まれる』を読んだので、多少インパクトは下がったものの、この本が70年代に出た意義は大きかったし、「ことば」が人格性を失いつつある現代において、ますますその重要性が高まっている。人を動かす「ことば」に従事しようとする自分自身にとって、本書は貴重な経験となった。
読了日:02月22日 著者:竹内 敏晴

声が生まれる―聞く力・話す力 (中公新書)声が生まれる―聞く力・話す力 (中公新書)
目から鱗。いかにこれまで言葉をおざなりに使ってきたかを猛省。「『話す』とは、声によって人に働きかけ、相手の行動=存在の仕方を変えること」という言葉は、まさに説教に当てはまる要諦。この書に出会えたことに感謝。
読了日:02月21日 著者:竹内 敏晴

“「信仰」という名の虐待”からの回復 (21世紀ブックレット)“「信仰」という名の虐待”からの回復 (21世紀ブックレット)
前編の前に、後編である本書を読んでしまった。タイトルから想像した通りの内容。牧師によるパワーハラスメントやセクシャルハラスメントの危険性を改めて認識。
読了日:02月21日 著者:パスカル・ズィヴィー

太宰治ADHD(注意欠陥・多動性障害)説―医師の読み解く「100年の謎」太宰治ADHD(注意欠陥・多動性障害)説―医師の読み解く「100年の謎」
「病跡学」という言葉を初めて知った。著者は医師としての目と、キリスト者の目という複眼的思考で太宰を捉え直そうとしている。キリスト者としての視点に関しては、著者自身がキリスト教信仰をお持ちなのかは判らないが、菊田義孝氏という太宰と著者を結ぶ媒介を通しての見解が目だった。私自身も菊田氏を知っているだけに、興味深く読むことが出来た。
読了日:02月21日 著者:富永 國比古

結婚の障害―愛による連帯を求めて (1970年)結婚の障害―愛による連帯を求めて (1970年)
素晴らしい人間理解。結婚生活の節目節目で読み直したくなる一冊。これから結婚する方へのプレゼントにも好適。
読了日:02月18日 著者:ポール・トゥルニエ

生きる意味―来日講演集生きる意味―来日講演集
真に「実存的」な言葉である。『生きる意味』を求め続けた者のみが語りうる温かさと励ましに満ちたメッセージ集。
読了日:02月17日 著者:ポール・トゥルニエ

人が共に生きる条件―説教・奨励集人が共に生きる条件―説教・奨励集
久しぶりの並木先生の説教集。今回も目が開かれる箇所がいくつもありました。カインとアベルに関するものも三本あり、同じ主題による変奏を楽しむことが出来ました。
読了日:02月12日 著者:並木 浩一

出来事の言葉・説教出来事の言葉・説教
加藤先生の説教論の遺言みたいな情熱を感じました。
読了日:02月12日 著者:加藤 常昭

トゥルニエを読む(上) ーキリスト者の成長と成熟ートゥルニエを読む(上) ーキリスト者の成長と成熟ー
トゥルニエのエッセンス、魅力を紹介してくれる好著。工藤先生がいかに惚れ込んでいるかが伝わって来ると共に、既成概念化した信仰に対する警鐘でもある。
読了日:02月11日 著者:工藤 信夫



2012年2月の読書メーターまとめ詳細

読書メーター


谷川俊太郎 『昨日のしみ』 [その他]

昨日は8ヶ月ぶりにボイス・トレーニングを受けに出かけてきました。

いつものように、ひとしきりおしゃべりをした後に、発声練習、コンコーネと進み、最後は歌曲を何曲か歌います。以前は唱歌が多かったのですが、今回はなんと谷川俊太郎の詩に武満徹が曲をつけたものでした。

詩のタイトルは『昨日のしみ』。以下に詩をご紹介しますが、何とも味わい深い詩ですねえ。


「昨日のしみ」 詞:谷川俊太郎  曲:武満 徹

まっさらみたいに思えても
今日には昨日のしみがある
すんだことさの一言を
漂白剤には使えない
涙をシャワーで流すだけ

からだの傷さえ消えぬのに
心の傷ならなお疼く
ごめんなさいの一言を
鎮痛剤には使えない
痛みをお酒で癒すだけ

思い出したくなくっても
忘れられない日々がある
明日があるよの一言を
ビタミン剤には使えない
希望は自分で探すだけ

曲がまたJazzyな感じで、肩の力を抜きつつ、詩のことばを大切に歌うことの良い練習になりました。
ほろ酔い気分でお風呂で歌いたくなる歌ですね(^_^)

どんな感じの曲を知りたい方は、下記のYoutubeで聞くことが出来ます。


ブログ開設1年が経ちました [雑記]

早いもので、このブログを開設してから2/25で一年が経ちました。

ぼつぼつと200件弱の投稿をしてきましたが、お陰様で80,000頁を超えるアクセスを頂きました。
読んで下さる方の多くは、家族や母教会、実習教会でお世話になった方などですが、それ以外にも多くの方が読んで下さっているようで感謝です。<m(__)m>

特に昨年は、ブログ開設直後に3.11の震災があったり、宣教研修があったりと様々な経験が与えられた一年でもありました。
今年は神学校の最終学年として、牧会に出るための最終仕上げをしていく年になります。特に卒業論文を通して、これまで学んできた神学を自分の血肉化していく研鑽の時です。この春休み中に、その下準備を十分に行って新年度に臨んでいきたいと思います。


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